『幕末魔法士』

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

幕末魔法士―Mage Revolution (電撃文庫)

多く裏切られてきた受賞作の後の新作を読む限り、新人賞とは、受賞する側のポテンシャルを発掘するのではなく、受賞させる側の態度表明であるのは明らかで、それが電撃大賞のばあい、ライトノベル的なものの概念を向こう一年更新するいつもの行事みたいなもので、だからなんとなくこれで流行みたいなのが分かった気になるのは、まあ仕方ないし、ぼくもそう思っています。けれど、同じ応募作のプールから、電撃文庫/MW文庫という峻別が為されることで、今回は、より一層現代性を照射しているはずだ、なんて。
大賞はオーソドックスなファンタジー、幕末を舞台に、魔法士と剣士が共に手を取り合い、陰謀渦舞く混沌の世を駆け抜けていく、そんな話。安定した時代描写や輸入されてきた西洋魔術の設定などは、おちついた感じで、それでいて退屈ではないし、いざとなる戦いも魔法と剣術が入り乱れてなかなか楽しい。登場人物も地に足付いた人間味で、むしろ派手さがない分いっそう魅力的だ。もっと活躍するところが見たいと、素直に思う。時代がかった台詞回しはちょっと読むのが面倒だけれど、すごくかっこよく響くところがある。堅実かつ良質なファンタジーだと思う。面白かった。イラストも素晴らしい。
でもどうして幕末なのか。主人公、久世伊織は幕末を体現している。西洋文化に身を浸していること、父親の失政によって冒険を余儀なくされていること。ファンタジー言語が輸入される瞬間と政情不安定による戦いの正当化。異世界や現代に登場するならばとっくに疲弊しているはずの言語は新鮮に輝き、また、勧善懲悪は殺陣に爽快感を与える。陳腐化したものを回復する幕末という時代は、超成功してると思う。
だから幕末ファンタジーの現代性は、むしろ今現在ファンタジーにとっては、まさに概念輸入の瞬間――それは、文化の混淆や革命の時代――という特殊な空気を呼び戻さなくては、リアリティもなにもなくなってしまったということを、たくさんの競合作の中から勝ち抜くことで証明したことにあるだろう。
背景に大きなダイナミズムを持つこの作品は、シンプルな構成ながらも力強い。