『俺の妹がこんなに可愛いわけがない 5』

五巻ラストで桐乃は日本に帰ってきた。けれど、彼女は本当に日常に復帰したのかどうか。むしろ五巻においては、選択こそされなかったが、選びさえすれば問題なく入ることのできたもう一つのルート、その可能性を一から摘み取っていく作業がなされたのではないか。つまりライトノベルの最も激しいパフォーマンスである『俺妹』の中では比較的穏やかに物語が紡がれるこの五巻の役割は、京介が桐乃を選ぶことができた好感度の上昇、京介が桐乃と積み上げてきた何か特別な関係のようなものを、清算するためにある。
そのためこの巻は一巻から四巻までのまとめとして読めるだろう。かつて京介と桐乃(と黒猫)で為されたイベントが、再び京介と黒猫(と瀬菜)によって上演される。今までの桐乃の相談によって得た経験値を使い、京介は黒猫を助ける。ここで、桐乃と共に過ごした一回的な経験は単なる一つの例へと堕し、固有性は失われ、黒猫と京介の特別な体験へと更新される。「私はあなたの妹の代用品ではないわ」という黒猫の言葉を受け、「誰も"誰かの代わり"になどなれはしない」のだとして、傍点で強調された「おまえ」へと京介は語りかける。
(しかししらじらしい台詞だ。だってこの物語というのは、「私がやりたいことをやった結果、ユーザーに受け入れられなかった」ゲームが叩かれるように、個人のかけがえなさが絶えず否定される話じゃなかったのか。ここで叩かれているのが黒猫によるシナリオであり、瀬菜によるシステムが『叩かれてすらいない』と書かれるのはどういうことだろうか。普通に考えるならば、あるライトノベルがどんなにつまらなくても、作者だけが否定され、そういったつまらないライトノベルを生み出す制度自体は無傷のまま生き残るということだろうか。ところで五巻で最も感動的なのは、235ページで語られる真の打ち合わせの素晴らしさについての短い文章である。<彼ら>は多数で書いた。故に、批判が局所化されるのは許されないのだ)
小説というメディアにとっては全く意味のない選択肢が適宜挿入されるのは、瀬菜が攻略可能キャラとして黒猫と並置されながらも積極的に選ばれず、また半ば外在的な要因によって強制的にルート入りした黒猫を(遅れてではあるものの)主体的に選択することで、ルートの強度を高めているといえるだろう。またラストに桐乃と一緒にプレイするエロゲーで、相似的に示される黒猫-桐乃の対立は、黒猫に対する好意、兄としての桐乃への感情、桐乃自身の攻略可能キャラであることの放棄として、すでに選択されつつも事実上の(再=)選択肢として機能しなくてはならない五巻の役割を終える。
また、他にも桐乃を消去するための細かい調整がなされている。ブラコン/瀬菜という新しいキャラクターが可能世界の桐乃であることは疑うべくもなく、彼女によって、(選ばれなかった)桐乃が選ばれた物語がこちら側の世界に召喚され、複数的な世界を描くことにもなっている。幼なじみと対立は黒猫へと引き継がれ、また、あやせもいつの間にか幼なじみと手を結んでいた。
そう、幼なじみが今や大きな権力を持つ。それは本質的に日常に強く、反復によって真価を発揮する。故に、今後は黒猫-幼なじみ(ここでは名前は不要だろう)による三角関係が勃発するというのはまあ普通の予想でしょう。
とはいえ、桐乃は帰ってきた。妹として、黒猫の親友として、そして非攻略キャラとして。