『ダブルアクセス』

ダブルアクセス (MF文庫J)

ダブルアクセス (MF文庫J)

いくつかのジャンルを思い出そう。ラブコメとか学園異能とか異世界ファンタジーとか。貧乏ながらも現実では妹や転校生と戯れ、アルバイトとしてオンラインゲーム=ファンタジー世界でクエストを繰り広げる/この作品は、さっきの3ジャンルが混淆しているといえるだろう。いずれ不完全だけど。でも、予め草臥れているものを完全に再現してなんになる?

兄は妹を守るために戦わなくてはいけない。しかし現実世界において戦いは視えない。不安や憤りは無形の圧力としてぼくらを覆いはするけれど、スペクタクルとして噴出することはない不可視の戦い/組織される以前。学園異能に登場するような明確な敵はもはや目の前にいない。かつて「死角」として抽象化された彼ら懐かしい敵の機能は、ぼくと少女を結び付けるためだった、そして死んで死んで死んでいった。完全死=学園異能のラブコメ化。

幻想世界で希求される闘争。現代から排除された敵はファンタジーに逃げ込んだ。そこもまたラブコメによって駆逐されつつある。今求められるテクニックは、異世界で如何に戦うかってこと。いくつかの作品に顕著に表れている現代ファンタジーの特性を簡単に形式化しておきます。

外敵に備えて戦闘の訓練を積んだとはいえ所詮学生なのだから、学園=ラブコメの呪縛からは逃れることは不可能だ。力をポテンシャルとしつつも、能力バトルが始まるには超越者の登場を待たなくてはならない。それに押しつけられたルールに従って水平的な戦いを繰り広げながらも、実存なき戦いへの違和からそれらもただの黒幕の企みとして排除され、残った学園/ラブコメが勝利する。まあ、乱暴にまとめると戦いの最後の抵抗線として召喚された異世界ですら、バトルは黒幕によって局所化される。黒幕とは決して作者のことではないし、メタでもなんでもないのだけれど。どうも痩せ細ってしまった感。

さて、学園異能もファンタジーも、いまはラブコメによって骨抜き/寄生されてる。だからなんだよ。話が逸れすぎました。


妹を守るために兄は戦う。ある種感動的な題目として機能しなくもないこの一文が、「妹」によって支えられていることは間違いない。語彙に圧縮された歴史の記憶によって。そして記号の盲目性に保持されるこの物語は、「不可視」なるものを主題とすることでライトノベルとして正常に機能する。

ってか主人公まじイケメンすぎ。手始めに口絵で紹介される巧のビジュアルは、控え目に言ってもカッコイイ。10ある挿絵のうち6つが主人公の顔をしっかりと描いていることからも、作品での彼のイケメンさの重要性が分かるだろう。しかし、

残念な美的感覚の持ち主である妹に毎日「カッコイイ」と言われている巧は、謙遜ではなく、本当に自分のルックスが悪いと思っている。(p32)

ライトノベルらしい主人公消去の宣言ではあるが、ここで妹の美的感覚=視覚が切り捨てられている。そして以降ヒロインの一人である妹にとって、主人公は徹底的に不可視の存在として表示されることになる。たとえば「明かりを灯す」と題された5章で交わされる大事な会話は、電気が止められ明かりのつかない暗闇の中で為され、また最終章で戦いから帰還し顔面ボッコボコの巧に「迷わず飛びつ」くヒナ。イケメンを享受する視点を奪われた少女は、このように彼に抱きつき、触覚によって存在を分け合うことを選ぶだろう。だから彼女は巨乳としてデザインされる。

では、もう一人のヒロイン、転校生の栞はどうだろうか。彼女は外から来た者の役割として主に異世界のシーンを代表するが、つまり異世界ファンタジー現代学園異能のハイブリットであるこの作品ではゲームの中のキャラクターとしての側面が強い。美人慣れしている巧を強打するリアルのすごい美人は、デジタル化されて視覚表象されることが可能であるように、肉体性はきわめて弱い。

後半部において半ば唐突に挿入される二人のヒロインの邂逅、ここでは両者の魅力としてヒナの大きなおっぱい、栞の足の綺麗さがそれぞれ確認し直される。「じーっと栞」はまなざされ、ヒナの体は「ぷにぷにと柔らかそうで思わず触ってみたくなる」。触覚と視覚が並列された。どちらがより物語にとって本質的な要素か、という検討が改めて要請されているのは間違いない。

兄は妹を守る。物語は物語の現実だ。これは借金返済の戦いだった。さらに、異世界ファンタジーを内包する構造のため、戦いの中に戦いがある。内部の争いはアルバイト=クエストという与えられたルールに従い発生するのだから、テンプレに寄り添い容易に黒幕を生み出すことになる。勢いここで、安易なテンプレの流用と批判するのは間違いだ。本当の戦いはここにはない。ゲーム内部のスペクタクル化された戦い/イベントは、ゲームでありつつ敵の生成という闘争の簡単化を含め、二重の幻想であることは明らかであるし、また、巧とヒナの隣の部屋=隣の世界の住人である栞とのラブコメは超視覚的幻想、下層レイヤーの出来事として裁断される。

故に真なる戦いは、「金」を稼ぐこと、部屋に電気を流すこと、借金を返済すること、「明かりを灯」し暗闇を晴らすこと、ヒナが眼球を取り戻すこと。これは妹のための戦いであり、兄は妹を守らねばならない。そのためには「金」が必要だ。綺麗事で隠さずにわざわざあえて「金」と叫び「金」にこだわるのは、普段視えない金というシステムを前景することで、戦いのもととなる不安や苦しみに、安易な黒幕の設定ではない回答を与えているからだ。視えないものの周りを旋回し、物語に電気を流す。残された課題は、記号の盲目性。いまや豊満な身体性に繋がれた兄-妹の関係の健全化。

借金は蒸発した「父」の残したものであり、家族という近代的システムの亡霊に苦しめられている彼ら兄妹にとって、借金を返済することは、消え去ってなお憑く父を祓い殺すことである。「父」に局所化された家族を滅ぼせ、斜線を引かれた近親相姦には退場願う。

けれど暗闇はいまだ晴れない。ヒナの「残念な美的感覚」はラストシーンで再確認され、妹は兄に「迷わず飛びついた」。いまだなお。